世界遺産を巡るたび への巻

世界遺産を巡るたび 前回「ほ」の巻に続き、今回は原爆ドームと広島平和記念資料館です。

世界遺産を巡る旅も残すところ2ヶ所となりました。
今回はかなり個人的な意見を書いてしまうことをお許しください。

毎年8月6日になると広島では平和記念式典が執り行われますが、所詮私には、他人事。
ほとんどニュースでしか知りませんでした。今回の見学で考えは一変。それを書きたいと思います。

午前8時、ホテルを出発し、原爆ドームへ到着しました。相変わらず、人影はまばら。原爆ドーム前で説明を聞きながら、見学です。

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、世界で初めての原子爆弾が投下されました。被害は爆心地から半径2キロにわたり、ほとんどの建物を破壊し、焼き尽くし、たくさんの方々の命を奪いました。残った建物も壁は落ち鉄骨むき出し、原型がどんなものかを想像もできないほどのくずれかた。これが原爆ドームでした。
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テレビで見るのとは違ってそのものが何かを訴える。これが世界遺産だと痛切に感じる建物でした。

ドームのそばに時計塔があり、8時15分になると毎日音楽がなると説明されましたが、まだこの時間ではなかったので音はしませんでしたが、実際15分になると音楽が鳴り出し、原爆を忘れないでと訴えかけられているようで、かなり胸が締め付けられました。
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たまたま散歩する犬がこの音に合わせ、遠吠えをしているのがかなりもの悲しかったです。


平和の灯、平和の泉を見学しながら、泉の水は、原爆で水がなくて川の中に皆さんが入水していったのに干からびて水がなかったことから、いつでも水を湛えていること。灯は、この世から戦争がなくなるまで絶対消えないこと。を説明され、いままでテレビで何を見ていたのかと反省しました。慰霊碑前で線香をあげて平和を祈りました。
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私は泣きそうになるのをこらえ広島平和記念資料館に入館しました。限られた時間で見学しなければならないのに、私はもう入口で固まってしまいました。それというのも原爆が何故広島に投下されたかが、何枚にもわたって説明されていたからです。

原爆を投下する候補地は、4都市あったそうです。広島、新潟、長崎、小国。この4都市は、被害を正確に測るため、空襲を何ヶ月も前から避け、連合軍によって最終的に選出されたのは、外人捕虜地がないという事。たまたま広島が快晴だったという事で投下されてしまいました。仙台は空襲があったので候補ではなかったのですね。何度読み返しても納得がいかない。ちょっと戦争のむごさを感じていました。

原爆の遺品はものすごいもので、目を覆いたくなるものばかり。するとそばから、聞きなれない言葉が。ちょうどこのときは、春節で中国からの観光客の方もたくさんいらっしゃいました。過去の過ちを中国の方は、どうとらえているのだろうと内心不安になりながらも展示品の見学を続けました。

ひととおり見学を終え、思うことはただひとつ。もう二度とこんな事があってはならない。人が人を傷つけてはならない。私の叫びは本当に小さいけれど叫び続けなければならないと感じました。

「No more War」 と。

平和の灯が一時も早く消える日まで。

商品仕入課 高橋

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